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■岡部六弥太忠澄の墓 岡部六弥太忠澄は、猪俣党の出身で、猪俣野兵衛時範の孫、六太夫忠綱が岡部の地に館を構えたのを機に岡部氏と称するようになった。 忠澄の墓は、普済寺地区の一角にあり、残りの良い五輪塔が3基並んでいる。このうち最も大きいものが六弥太のものとされている。六弥太の墓石を煎じて飲むと子宝に恵まれるという伝承があり、このため五輪塔が一部削られ変形している。 |
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■畠山重忠墓 武蔵武士畠山重忠は、鎌倉幕府の重臣として知られる。
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■人見館跡 人見館は、平安時代末期に人見氏の館として築かれたと伝えられている。 |
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■旧北根代官所 江戸時代、北根村・柏合村・長在家村を支配していた旗本日根野氏は、江戸に居住していたため領地支配を郷代官宇野家にゆだねた。旧北根代官所は、その役宅を兼ねた居宅。 |
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■桜ヶ丘組石遺跡 河原石を敷きつめた縄文時代後期(約4,000年前)の組石遺跡で、現在4基保存されていて、県内ではここだけの珍しいもの。 |
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■鹿島古墳群 川本地区本田の荒川に沿った台地に、100基を越す古墳が分布する。終末期の古墳群として知られ、径10m〜20mほどの小規模円墳で構成されるが、方墳も見つかっている。
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■中宿古代倉庫群跡 中宿遺跡の発掘調査は、平成3年の1次調査以降、5次にわたり実施されている。遺跡は、櫛挽台地の北端に位置し、奈良〜平安時代の大規模な建物群20棟が発見されている。 1次調査終了後、埼玉県で初めての発見例として、その調査範囲全域が中宿古代倉庫群跡として埼玉県の史跡に指定された。現在は、約7,000uの範囲が史跡として保存・活用されている。 |
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名称 |
種類 |
員数 |
法量 |
時代 |
所在地 |
所有者 |
概要 |
指定年月日 |
変更年月日 |
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1 |
岡部六弥太忠澄墓 |
史跡 |
6基 |
高1.8m |
鎌倉 |
普済寺973 |
普済寺自治会 |
五輪塔。猪俣党の一支族、建久8年(1197)没 |
T12.3.31 |
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2 |
畠山重忠墓 |
史跡 |
6基 |
重忠墓 高1.69m |
鎌倉 |
畠山520 |
井椋神社 |
畠山館跡に残る鎌倉武士畠山重忠の墓。凝灰岩製で、他に5基の五輪塔が残る。 |
T13.3.31 |
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| 3 |
人見館跡 (ひとみやかたあと) |
史跡 | 1構 | 平安〜室町 | 人見1513外 | 個人 |
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S9.3.31 | ||
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4 |
旧北根代官所 |
史跡 |
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江戸か |
北根260 |
個人 |
郷代官宇野家代々の居宅。江戸中期の建物と推定 |
S13.331 |
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| 5 |
桜ヶ丘組石遺跡 (さくらがおかくみいしいせき) |
史跡 | 1構 | 縄文 | 緑ヶ丘214−5 | 深谷市 |
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S31.3.23 | ||
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6 |
鹿島古墳群 |
史跡 |
56基 |
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古墳 |
本田 |
深谷市ほか |
7世紀から8世紀初頭にかけての円墳群、荒川中流の河岸段丘上に分布 |
S47.3.21 |
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7 |
中宿古代倉庫跡郡跡 |
史跡 |
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奈良〜平安 |
岡3286-2外 |
深谷市 |
7世紀末から10世紀にかけての大規模倉庫郡跡。榛沢郡衙の正倉跡と推定 |
H3.12.6 |
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天然記念物 ■楡山神社大ニレ(にれやまじんじゃおおにれ) 楡山神社は、延喜式内社(えんぎしきだいしゃ)幡羅郡総鎮守の古社。 |
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名称 |
種類 |
員数 |
法量 |
時代 |
所在地 |
所有者 |
概要 |
指定年月日 |
変更年月日 |
| 1 |
楡山神社大ニレ (にれやまじんじゃおおにれ) |
天然記念物 | 1株 | 室町 | 原郷336 |
楡山神社
管理:氏子総代 |
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S36.9.1 |