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建造物 ■清風亭(せいふうてい)清風亭は、大正15年(1926)に、当時第一銀行頭取であった佐々木勇之助の古希(70歳)を記念して建てられた。建築資金は、すべて第一銀行行員たちの出資による。 |
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絵画 ■北斎筆徐福図(ほくさいひつじょふくず) 江戸時代の画人葛飾北斎は、信州へ行く途中足を痛め、深谷宿の近江屋(近彦旅館)にしばらく滞留した。この図は、そのとき描いた画と伝えられる。弘化2年(1845)、北斎86歳の作。 |
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書跡・典籍・古文書 ■持田家文書 持田家は、戦国時代に「荒川衆」の首領として鉢形城主北条氏邦に仕えていた。また、江戸時代には代々荒川村の名主も務めていた。それらの関係から天正4年(1576)の北条氏邦印判状や、徳川家康が実施した文禄4年(1595)の荒川村検地帳が残されている。 |
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■長谷部家文書 長谷部家は、戦国時代に「小前田衆」の一員として鉢形城主北条氏邦に仕えていた。 |
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考古資料 ■四十塚古墳出土鉄製短甲及び出土品 四十塚古墳は、昭和8年農地開墾の際に消失した古墳である。この時の出土品が今に残されている。 このうち、横矧板鋲留短甲は、県内にある資料のうち唯一全体像が復元されたものである。また、五鈴付鏡板付轡は馬具の一種で、現在確認されているものとしては全国に5例目であり、非常に希少なものと言える。出土品が製作された年代は、5世紀末頃と推定されている。 |
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名称 |
種類 |
員数 |
法量 |
時代 |
所在地 |
所有者 |
概要 |
指定年月日 |
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1 |
清風亭 |
建造物 |
1棟 |
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大正 |
起会110-1 |
深谷市 |
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H16.3.23 |
| 2 |
北斎筆徐福図 (ほくさいひつじょふくず) |
絵画 | 1幅 | 江戸 | 東方 |
個人 (埼玉県立博物館) |
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S37.3.10 | |
| 3 |
木造峻翁令山像 (もくぞうしゅんのうれざんぞう) |
彫刻 | 1体 | 高59.5cm | 室町 | 国済寺521−1 | 国済禅寺 | 檜材・寄木造・玉眼嵌入 | S36.3.1 |
| 4 |
刀(伝兼光) (かたな でんかねみつ) |
工芸 | 1振 | 長さ68.4cm | 鎌倉末 | 本住町 |
個人 (埼玉県立博物館) |
備前長船派の兼光初期の代表作。「兼光(花押)」「寛永」の金粉銘 | S46.3.31 |
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5 |
持田家文書 |
書跡・典籍・古文書 |
26点 |
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戦国 |
荒川 |
個人 |
北条氏邦印判状や検地帳など中世末〜近世にかけての史料 |
S34.3.20 |
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6 |
長谷部家文書 |
書跡・典籍・古文書 |
13点 |
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戦国〜江戸 |
黒田 |
個人 |
鉢形城主北条氏邦の発給文書9点と近世初頭の地方文書4点 |
H8.3.19 |
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7 |
四十塚古墳出土鉄製短甲及び出土品 |
考古資料 |
1括 |
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古墳 |
榛沢新田 |
深谷市 |
短甲は県内に残る唯一の資料、五鈴鏡付轡も出土例が少ない。 |
H15.3.18 |