深谷市の歴史

 わたしたちの住む深谷市は、ほぼ関東平野の中央部、埼玉県の北部に位置しています。北端は利根川に接していて、その流れはたびたび氾濫しては人々を困らせましたが、同時に肥沃な土地をつくり、その恵みによって農業生産が盛んに行われてきました。
市の中央部を東西に走るJR高崎線を境に、南側に台地(櫛引台地)北側に低地(妻沼低地)が広がっています。冬には赤城颪(あかぎおろし)と呼ばれる強い北風が吹きます。天気のよいときは、遠くの山々を遠望することができます。

 この地にわたしたちの祖先が暮らし始めたのはいつのことでしょう。
 数多く発見されている遺跡や残された文化財をたどることで、深谷の歴史を概観してみましょう。

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■先史時代

〜ナウマン象が歩く平原〜

 

 

 祖先の歴史より以前のことになりますが、この地にナウマン象が生息していた証拠が見つかっています。
 昭和51年、上折之口で井戸を掘っていたところ、ナウマン象の臼歯の化石が発見されたのです。この化石は、今から5万年から10万年前のものと考えられています。

 同様の化石が寄居町、児玉町、滑川町などで発見されており、当時この周辺に広く生息していたことが推測されます。

 ナウマン象は、北方系の動物です。この象が発見されたことで、当時のこのあたりの気候が、今よりずっと涼しかったことがわかります。


ナウマン象臼歯化石(個人蔵)

*このほか同時に出土したナウマン象臼歯が、埼玉県立博物館(さいたま市)に展示されています。

 

■旧石器時代

〜最古の祖先のこん跡〜

 わたしたちの祖先が残した最も古いこん跡は、旧石器時代までさかのぼることができます。

 それは、幡羅遺跡(東方)で出土した、後期旧石器時代のナイフ型石器です。約2万年前のものと考えられます。

 残念ながら、この時代の出土品は、この1点のみです。当時の人々の生活状況については、現在のところまだ詳しく分かっていません。


ナイフ型石器(幡羅遺跡出土)

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