富岡製糸場図大絵馬の指定について(平成17年12月1日現在)
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名称 |
富岡製糸場図大絵馬(とみおかせいしじょうずおおえま) |
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○指定基準:市域の歴史上重要な人物に関する遺品のうち学術的価値の高いもの |
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■資料について |
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この大絵馬は、明治13年(1880)、韮塚直次郎が、官営富岡製糸場の完成したことを謝恩するために永明稲荷神社(深谷市田谷)に奉納したものです。 韮塚直次郎は、現在の深谷市明戸(あけと)出身で、明治4年(1871)富岡製糸場の建設にあたり、同じく深谷市出身の初代場長の尾高惇忠の下で御用達となり、瓦、煉瓦の製造一切を請け負いました。 韮塚は、明治8年、煉瓦を焼成した窯のそばにある笹森稲荷神社にも同様の大絵馬を奉納しています。 |
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大絵馬の中央を占めるのは、官営富岡製糸場の全景です。単純化された白い雲か霞がそれを囲んでいます。雲の間、右側と前側には当時の富岡の町並みが、背景にはわずかに南を流れる鏑川と山並みが描かれています。 この大絵馬の基になったものかは明らかではありませんが、当時、似た構図での全景の浮世絵が作成されたことが知られます。 |
(上)部分:中央部 |
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(上)部分:東繭置所のキーストーン東繭置所のキーストーンに彫られた「明治5年」の文字を模して書かれています。 |
全体を眺めて感じられることは、統一された透視図法で描かれていないことです。全体は、日本の伝統的な各線を平行とする透視図法(斜投象)を基に描かれていますが、部分的には西洋的な透視図法(線遠近法)で描かれていると考えられます。また、それぞれの部分の遠近法の消点は統一されていません。 |
(右)部分:画題部「上野国甘楽郡富岡製糸所之図 |
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(上)部分:韮塚直次郎署名「武蔵国幡羅郡明戸村 |
(上)部分:画家署名「小璧真写」と読めます |
| *このページで掲載している韮塚直次郎の肖像画像は、「まなびねっとぐんま」中「ぐんまの歴史」に掲載されているものを使用しました。 | |
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